坂本龍一さんを偲んで、「ラストエンペラー」の素晴らしい音楽に触れる

坂本龍一さんが3月28日に亡くなられました。偉大なミュージシャンがこの世を去られたことに正直未だ実感が湧きません。心よりご冥福をお祈りいたします。

YMOなどをきちんと聴いたことがない私なのですが、坂本さんといえば2001年に発表された「ZERO LANDMINE」という曲です。地雷除去のチャリティプロジェクトのために作られた曲なんですね。当時CDも買いました。

TBSで番組を見ていて、多感な10代の自分にはすごく衝撃的でした。今思えば、世界に目を向ける大切さを初めて教えてもらえたようなプロジェクトだったように思います。社会のあらゆる問題に、文化の力で向かい合うのがアーティストだ、と。それを教えてくれたのが坂本さんでした。

そして改めて歌詞を読んだら、平易で誰にでもわかる言葉で、今こそもう一度心に刻みたい歌詞だと思いました。

初めて「ラストエンペラー」を見る

これまであまり坂本さんの音楽に触れてこなかった私なんですが、悲しいニュースを聞いていろいろと知っていくうちに、「戦場のメリークリスマス」「ラストエンペラー」という有名な作品以外にも様々な映画音楽を手掛けていることを知りました。

そこで思い立って、初めて「ラストエンペラー」の完全版(3時間超)を観てみたのですが…映画そのもの、ストーリーや衣装、ロケーションの素晴らしさもさることながら、音楽があまりにも素晴らしくて本当に感動しました…!

そう、3時間以上、なんなら4時間近くあるんですよ完全版。配信版で休憩しつつ見たんですが、ラストに流れるテーマ曲が素晴らしく、エンドロールの中でラストエンペラー愛新覚羅溥儀の激動の人生が走馬灯のように思い出され、音楽を聴いているうちにまた彼の人生を再び最初から追いたくなっている。そんな感じで3時間超の作品を私3〜4回くらいおかわりしました。それぐらい、音楽のちからが作品を底上げしていると思ったんですね。

別れの象徴としての「Where Is Armo?」

印象的だったのは、この映画の中で繰り返し出てくる「ままならない別れ」の場面に流れる音楽。それが坂本さん作曲の「Where Is Armo?」という、美しい調べの曲です。

「Armo」(アーモ)とは溥儀の乳母の女性。3歳で皇帝に即位し実の母親と離れて暮らさざるを得なかった彼にとって、アーモは唯一甘えられる、乳母以上の存在だったんですよね。しかし溥儀の自立を阻むと危惧した周りの大人によって、アーモは強引に紫禁城から追い出されてしまう。その別れの場面でこの曲が流れます。ドラマチックに転調を繰り返す展開が、溥儀の不安定な心情を表しているかのようです。

で、この曲は象徴として、この後の「ままならない別れ」の場面で再び流れます。

この映画の中で、溥儀の人生は別れの連続なんですよね。実の母との別れ、乳母との別れ、「皇帝なるもの」との別れ(紫禁城からの退去)、側室との別れ、ジョンストン先生との別れ、正妻との別れ、そして満州国との別れ。これらはいずれも(多少溥儀にも非があるとしても)「ままならない別れ」であります。

その中でも大きな別れ、紫禁城からの退去のシーンと、正妻・婉容との別れのシーンで再びドラマチックに「Where Is Armo?」が流れるのです。この繰り返しが本当に悲しく切ない…溥儀の、自分ではどうすることもできない、何か大きな渦のようなものに巻き込まれてしまったような虚しさや悔しさが、音楽と共に感じられるのです。

そしてここちょっと注目なんですが、映画の初めのほう、溥儀にとって初めての「別れ」である実の母とのシーンで流れる「Open The Door」という曲。この曲の中に、別れに満ちた今後の彼の人生を暗示するかのように、「Where Is Armo?」のワンフレーズが使われているのです。気づいた時にはクゥーーー!!!ってなりましたよこれ!!!

ちなみに、側室の文繡との別れのシーン(この別れに関しては文繡が自ら溥儀から離れることを決意)で流れるのは「Rain」という曲なのですが、こちらもすごくいい!Wikipediaによればベルトルッチ監督もお気に入りの1曲らしい。

雨の中を駆け出していく足音のようなメロディー、「別れ」の緊張感をたたえたアレンジが素晴らしいなと。この出来事をきっかけに少しずつ何かが崩れていくような展開も、音楽によって感じられますね。

いやー、そんなわけで、ストーリーや役者の方々の素晴らしさもさることながら、音楽がさらに映画の世界を深く切り開いている、そんな作品だなーと思いました。アカデミー賞作品賞や作曲賞を取ったことも大納得。

役者陣の熱演に感動の超大作

音楽からはちょっと離れるけど、溥儀を演じたジョン・ローンがとにかくめちゃくちゃ素晴らしいです。

https://www.star-ch.jp/news/detail.php?id=494

溥儀という人物は、子供の頃から孤独だった心を埋めるために、「自分は皇帝である」というプライドを持つことしかできなかったのかもしれない人。だからこそ戦争犯罪人となった後でも皇帝であることにこだわったんだけど、ある出来事を境に自分の行いを省みようとする心境の変化が訪れるんですね。その感情の移り変わりをとても繊細に演じていて。終盤で紫禁城に赴き、かつて自分が座っていた玉座を見つめるシーンは最高です。

そのほかの役柄を演じた俳優陣もみんなめちゃくちゃ素晴らしいのですが、溥儀の家庭教師・ジョンストン先生を演じたピーター・オトゥールが本当に素敵。溥儀のそばにジョンストン先生がいてくれたらどうなっただろう、と感じるくらい、溥儀の孤独を理解し、その人生に大きな影響を与えたことが感じられる素晴らしいお芝居でした。

https://moviewalker.jp/mv11763/

映画の後半では、溥儀が戦犯収容所の所長と一時心を通わせる描写が出てくるのですが、もしかすると幼い頃に慕っていたジョンストン先生と所長を重ね合わせていたのかな、とも思ったり。

そして忘れちゃいけない、坂本龍一さんも甘粕正彦役で出演しています。出てくるシーンとしてはそんなに多くないけれども、すごく印象に残る人物なんですよね。役者さんではないからこそ出せる、ある種の狂気のようなものが感じられました。

https://www.thecinema.jp/article/885

さらにこの映画を見ることで、激動の中国史についても少しだけ学ぶことができます。清朝の滅亡〜文化大革命の流れは映画で見ていても目まぐるしく、時代の変化は止められないと同時に無慈悲なものだと思わされます。もちろん戦争や犯罪は悪いことであるけれども、その中で懸命に生きた人々がいたんだなと…

書いた後に思ったけどGW前に公開したかったなこの記事…。超大作なので見るのに時間が必要ですが、やっぱり素晴らしい作品なので、まだ見たことのない方は坂本さんの音楽と共にぜひ楽しんでみてほしいです!

そして、たくさんの素晴らしい作品を残した坂本龍一さんの偉業に敬意を示し、今後も大切に大切に聴きつないで行きたいと思います。